2022/04/25 11:35

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李さんはなかなか起きてこなかった。怪我をしたりはしてなさそうだったが、やっぱり心配だったので、仮病でバイトを休んだ。李さんが起きてくるのを待ちながら、ノートを少しずつ読み進む。

昼頃になって、やっと李さんが起きてきた。すぐにでも話を聞きたかったが、李さんが話せるようになるまで、待つことにした。

──すみません、華恵さんのベッドを借りてしまったんですね。
──すごく疲れてたみたいだったからね。お腹は空いてる?
──食欲は、あまりないです。疲れは、かなり取れました。まだ混乱してるけど。でも、生きてます。なんとか。

妙な言い方だった。温かいものを飲めば落ち着くかも知れないと思って、お茶を出した。

──見たことを、お話ししないといけませんね。
──辛いなら、後でもいいよ。
──いえ、大丈夫。ただ混乱してるのです。お話ししたら、楽になるかもしれません。

李さんは、ひと言ひと言、考えながら話し始めた。

防空壕の石段を10段ほど降りると、天井の低い空間があった。広さは四畳半ほど、大人10人くらいなら、座って入れそうだった。非常食なんかを置く木の棚があったが、その棚にも、地面にも、何も置かれているものはなかった。

だが李さんには、「何もない」とは思えなかった。防空壕に降りた時、強い既視感のような、なにかの残像を見たような、不思議な感覚があったという。ここには、絶対に何かがある、と李さんは確信した。

しばらく壁を調べていて、木の棚の奥の壁に、もう一つ小さな穴があるのを見つけた。棚をずらしてみると、穴は横穴ではなく真下に抜けていて、梯子がかかっていた。梯子を少し降りてみると、その下はかなり広いらしかったので、一度私が石を投げるのを待って、応答してから降りた。

下は宴会でも開けそうなほど広い空間のようだったが、ライトでは部分的にしか確認できない。黒っぽい石のベンチのようなものが、いくつも並んでいた。ベンチはどれも片側の端を中心に向けて、円形に並んでいるようだった。ぐるっと回ってみると、入り口から一番遠いベンチの傍らに、このノートが置いてあった。ぱっと見て、中が日本語だったので、私に後で読んでもらおうと思い、持ち出した。ここで一度、上から石が投げ込まれた音が聞こえたので急いで戻り、投げ返した。

──そこでやめておけば良かったかもしれません。
──それから、また下に降りたの?
──はい。他にまだ何かないかと。

ベンチだと思っていたもののひとつが、何故か妙に気になった。もう一度降りてそれを調べると、天板が外せることに気がついた。大きさから言っても、それはベンチなんかではなく、棺だったのだ。

──当然、中は死体だろうとは、予想しました。ミイラかもしれない、とも。
──死体が、あったの?
──はい。死んだばかりのように見えました──それは、私でした。

今度は、私が混乱する番だった。どういうことだ。死んだばかり?私??

──李さんに、似てる人っていうこと?
──違います。私自身です。あの日と同じ、あの服を着ていました。いつも鏡で見ていた黒子が、左右逆についていました。蓋を元通りに閉めたのは、冷静だったからじゃありません。私は、まるで眠っているようで…今にも目を覚まして、私と入れ替わるのではないかと思ってしまったのです。大声で叫びたくなって、必死で我慢していました。

そしてとにかく地上へ出なければ、手がかりを私に託さなくてはと、無我夢中で出てきたようだった。そのまま逃げてしまいたかったが、鉄製の重い蓋は、私ひとりでは動かせない。なんとか入り口は閉じたものの、そこが李さんの限界だった。急激な吐き気に襲われて、逃げ出してしまった…ということだった。

それほどの恐怖体験の後だというのに、李さんは私を置き去りにしたことを何度も謝った。

──私は大丈夫だよ。怖かったけど、あの後はもう帰るだけだったから。鍵はかけておいた。
──すみません。心配もかけました。華恵さんが手を握ってくれなかったら、私は、あのまま発狂していたかも知れません。
──帰ってきてくれて、良かったよ。でも──

李さんが見たのは、何だったんだろう。

李さんは今までになく動揺している。最初に会った、あのときよりも。

──私は、本当は死んでいるのでしょうか。なら、今ここにいる私は、なんですか?

まだ、答えられない。どれだけ信じられなくても、もはや確実にオカルトだった。いや、オカルトではないのかも知れない。私がまだ、理解できていないだけで。

李さんが持ち出した、あのノート。それが最後の手がかりだった。途中のページに見つけた、図形のようなスケッチ。それは李さんが話した石棺の部屋の様子と、一致していた。あの中に、謎の答えがきっとあるはずだ。

──あのノート。まだ途中だけど、なんとか今日読み終わるから、もう少しだけ待って。

今、李さんにできることは何もなかった。家族に電話をかけることも、今の李さんには難しいだろう。

──少し、散歩してきます。夕方には帰ります。ちょっと歩きながら、頭を整理します。

そう言って、李さんは出ていった。なんだかそのまま、煙のように消えてしまいそうだった。

李さんのことは心配だったが、彼を救う方法は、この中にしかない。そう思って、ノートをめくっていった。縦書きを読み終わると、横書きの部分を読み始めた。こちらは現代文に近くなっていたので、すぐに読めた。かなり長い年月をかけて、複数人で書き継いだもののようだった。そして横書きのページが終わった次のページ、ノートの余白に貼り付けられた1枚の便箋を読むと、パズルの最後のピースが、埋まった。

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