2018/08/28 22:11
バイトから帰ると、アパートのドアに寄りかかって、うずくまっている男の人がいた。私の知らない人だった。
若くないとは言え、こちらも女の一人暮らしだ。声をかけたものか、警察に電話しようか、ちょっと迷った。その内に向こうが私に気がついて、弱々しく挨拶してきた。
──こんばんは。
何か事情があるのかもしれない。見たところ、30代前半くらい。この時期にしてはばかに厚着だったが、髪型も服装もきちんとしていた。私も挨拶を返した。
──こんばんは。どうしたんですか?
彼は不安そうに私の背後をうかがっていた。誰かに追われてでもいるような。
──鍵がない。家に入れません。
…どういうことだろう。
──そこは私の家ですよ。部屋を間違えてませんか?
彼は立ち上がって、表札の部屋番号を見た。随分背の高い人だ。痩せ型で、長身のわりに威圧感はあまりない。
──いいえ、ここです、205。貴方が間違えてます。
私はかばんから鍵を取り出して、言った。
──私はこの部屋の鍵を持ってますよ。ここは私の家です。ほらね。
近づいて、鍵を開けてみせた。それを見て、ひどく驚いている。
──あなた、誰ですか?どうしてうちの鍵を持ってる?
言うが早いか、彼は本当にそこが自分の家だとでも言うように、さっさとドアを開けて中に入ってしまった。しまった、なんで開けちゃったんだろう。慌てて私も中に入ろうとすると、彼は玄関に立ちふさがって、呆然としていた。
──どういうこと。ここは私の家なのに、私の家じゃない。
もしかして、頭がどうかしちゃった人なのだろうか。しかもどうやら、日本人ではなさそうだ。暴れ出されても困る。
──私は誰かに襲われました。ここまで逃げてきました。帰ってきたら、家がない。何故ですか。
──落ち着いてください。追いかけられてるんですか?
──背中を刺されました。まだ近くにいるかも知れません。
そう言って、ドアの外をしきりに気にしている。だが、どこをどう見ても、刺されたような傷は見当たらなかった。服も破れていない。何かよほど怖い思いをしたらしい、ということはわかった。
──大丈夫、ここにいれば大丈夫ですから。中に上がって、落ち着いて話してください。
私は玄関のドアを閉めながら、辺りをうかがった。だが廊下にも、下の通りにも、人がいる気配はなかった。いつもと同じ、静かな夏の夜だった。